上海発 三国志の旅:荊州・赤壁(2泊3日)

参考料金(大人1名様): 3,600元 (子供1名様): 2,250元~ 日程:2009年4月4日~4月6日(2泊3日)
【申し込み締切日】209年3月27日 【最少催行人員】6名 【航空諸税】100元 【一人部屋追加料金】420元
【子供料金】Extra Bed 利用2,580元、添い寝:2,250元、航空諸税を含む
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紀元208年、後漢末期に曹操軍と孫権・劉備の連合軍が死闘を繰り広げた歴史に残る赤壁の戦いは、三国志のハイライト。その足跡を辿る三国志の旅は、英雄たちの叙事詩を体感し、悠久の歴史を実感する旅となります。

荊州は古くから戦略上の重要地点で、歴代の政権が争奪を繰り返した。三国時代、蜀の関羽は10年もここを守り、城壁を築いた。現存する城壁は、明代の基盤のうえに清代、17世紀後半に重建された。荊州市博物館は、春秋戦国時代の楚国の墓・江陵楚墓(800基以上)からの出土品を中心に、秦漢時代までの貴重な文物を展示している。

中原から荊州を占領した魏の曹操は、一挙に江南を制服して全国統一を図ろうと公称83万(実数約26万)の大船団を整えて長江を下った。荊州にいた劉備は、危うく逃れて呉の孫権の軍と合流し、曹操の大軍を迎え撃つべく長江を上り、赤壁の戦いが始まった。

呉軍は諸葛孔明が東風に乗じて火攻めの計をとり、魏の大船団は炎上した。これにより曹操の天下統一の夢は破れ、魏、呉、蜀の三国鼎立の情勢が出来上がった。拝風台は諸葛孔明が東風を祈った七星壇の跡と伝えられる。

武漢の長江南岸・蛇山頂上に建つ黄鶴楼は、最初呉の223年に軍事上の目的から建てられ、破壊と建立を繰り返した。建物の持つ雰囲気が、神仙と鶴に纏わる多くの伝説を生んだ。李白の「故人西のかた黄鶴楼を辞す」に始まる絶句はあまりにも有名である。

4月4日(日) 午前:上海浦東空港---武漢FM-9361便、08:30―10:15
昼食後、荊州へ(2.5時間)
【荊州観光】荊州古城、荊州市博物館
【宿泊】荊州賓館(4星)
4月5日(月) 専用車にて、赤壁へ(約4.5時間)
赤壁古戦場見学、赤壁公園(周瑜石像、拝風台、碑廊、武侯祠、赤壁摩岩など)
【宿泊】赤壁大酒店(準4星)
4月6日(火) 専用車にて、武漢へ(約2.5時間)
【武漢観光】黄鶴楼
武漢---上海浦東空港 FM-9364便 16:30-18:05

【参考料金費】

【旅行条件】

【取消料について/お1人当たり】
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