
遂に昆明で話題の「雲南映像」を見た。感動の一語だ。今まで見たことも経験したことのない新しい世界が、今目の前に展開しているのを実感した。舞台からは少数民族の持つエネルギーと彼らの命の鼓動が伝わってくる。踊る者の歓びや陶酔感に圧倒された。今や中国では、楊麗萍の名を知らない者はいない。彼女が自ら踊り、演出する「雲南映像」は、2003年8月雲南省昆明で初演されて以来200回以上の公演を重ね、30万人近い観客を魅了してきた。アルゼンチン、ブラジル、米国への海外公演も大きな成功を納めたと聞く。
「雲の南」とは一体だれが名付けたのか。これ以上ロマンティックで素敵な名前の省は他にない。確かに雲南の雲は美しい。亜熱帯に属しながら海抜2000m近い高度が、高い青空と無限に広がる美しい雲をもたらしている。雲南省の旅は、どこまでも続く緑の自然の中を千変万化の雲を追ってひた走る旅なのだ。
ここ雲南省には、彝族(イ)、白族(バイ)、泰族(タイ)、哈尼族(ハニ)、壮族(チワン)など25の少数民族が住む。中国全土の少数民族56のうちの約半分がこの省に集っている。その数1380万人、雲南省全人口の32.3%を占める。彼らは各々異なる言葉、民族特有の服飾、風俗、礼儀作法、飲食習慣、宗教文化、住宅建築を守って今も暮らしている。大自然の中で暮らす素朴な彼らの生活を見ると、我々日本人が明治以来「近代化」と言う名の下に切り捨ててきた大切なものが、ここでは今でも脈々と生きているという、切々たる思いに捉われる。便利で合理的な生活に慣れた現代人にはとても出来ない暮らしでると知りながらも、人間の生活とは本来こうしたものなのだと思わずにはいられない。中国の旅の中でも最も思い出深い、珠玉の部分と言えるだろう。
そこに暮らす総数民族にとって、歌と踊りは正に生活の一部だ。労働の際に、冠婚葬祭に、天を崇め地の恵みに感謝する際に、また生活の苦しみの中で、彼らは歌い踊る。身近な者が亡くなれば、「葬歌」を歌って亡き人を偲ぶ。大自然の中で暮らす彼らの歌と踊りは、歓びや悲しみ、愛情や神への畏敬を表す生命の叫びそのものなのだ。
楊麗萍は自らも大理の白族の村に生まれた。幼い頃から伝統的な村の生活の中で、彼女の舞踏の才能は培われた。1971年、13歳でシーサンバンナ(西双版納)の歌舞団に入り、その後北京の中央民族歌舞団へと栄光の階段を登ることとなった。1988年、彼女は自ら創作した「孔雀の霊」で一躍有名になった。孔雀は亜熱帯のシーサンバンナに多く生息し、そこに住むタイ族にとって神聖な神、民族の象徴と考えられていた。彼女は自ら孔雀の精となって踊ったのだ。
しかし近代化の波は雲南省の少数民族にとっても、無縁ではない。1000年の年月を経て伝えられてきた民間伝承芸能が、今消滅する危険が迫っている。そう感じた楊麗萍は、華やかな中央民族歌舞団を早期に退団し、15ヶ月の間雲南省の全ての村を廻り、民間の歌舞を募集、整理することに没頭した。自らも所属する少数民族の伝統に対する限りない愛情に衝き動かされて、彼女は私財を投げ打ってその保護と普及に全力を尽くすこととなった。そこで募集した民族芸能を、1年以上のリハーサルを重ねて舞台に結実したものが「雲南映像」である。
「雲南映像」は、チベット族が神に奉げる信仰の石積みから始まり、それで終る。それは舞台で演じられる舞踏劇が、少数民族の祭りと同様に、神に奉納されるために演じられることを暗示している。その舞踏劇には具体的なストーリーはないが、少数民族の生活、習慣、無数の物語にこめられた土の匂いのする歌と踊りが、太陽、土地、家庭、火祭り、宮参り、孔雀の精など6つのテーマに分けてドラマテイックに紹介される。現代的な舞台装置や音響効果、舞台設計が高い芸術性を支えている。出演者は若い青年男女から7歳の子供まで100名近く、その3/4は実際の少数民族の村々からやって来た歌や踊りの名手たちで、プロのダンサーではない。彼らの素朴な歌声、田植えや糸紬、臼回しなど彼らの生活から生まれる動作や独特な身体表現が、ダイナミックな舞台に結実している。更には、蟻の歩みや蛙のでんぐり返し、トンボの産卵などの自然の営みまで取り入れられている。
舞台で使われる衣装や仮面、道具類も全て彼らが日常使っているものである。異なる民族の各々が、独自の民族服装に身を包み、民族楽器、民族固有の歌や踊りを表現する。その舞台は、彼ら自身の生活に根ざしたものなので、その歌や踊りは圧倒的な現実感を伴って観客に迫ってくる。それらは彼らの肉体が世代から世代へと長い間受け継いできた生命のリズムであり、プロのダンサーでは表現できないものだ。
「雲南映像」は昆明市の中心街の昆明会堂で、日曜を除き毎日夜8:00~9:45まで行われる。入場料は120元~380元まで4段階。楊麗萍は後継者が育ってきたこともあり、今後は演出に専念し自らは踊らないと言われている。
公演チームは2班あり、1班は昆明に常駐し、もう1班は全国各地を回るので、運がよければ他の都市でも見られる。しかし出来れば昆明に来て、実際の少数民族の村々を訪ねたうえで、本場の「雲南映像」を鑑賞することをお勧めしたい。「雲南映像」は単なる民族ショーではない。見る者は少数民族の持つ生命の息吹、賛歌に触れて感動し、それは中国旅行を締めくくる最良の思い出となるに違いない。